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「くる話」#1 経験をくくる話(後半)

2018.9.17

有地 和毅

第1回からいきなり「続く!」スタイルになってしまった話の長いブックディレクター有地和毅です。どうもです!(ゆるめの挨拶もエクスクラメーションマークをつけるとアクティブな印象になるというライフハックです。ハックできてない?)確かに話は長いのですが、そこに本があるためのストーリーを作るのが仕事なので「よっ!仕事してるね!」という感じであたたかく見守っていてください。でも人に伝える時は話は伝わりやすい形にした方が良いですよね。というわけで『愛なんていらねえよ、夏』口調で前回のまとめです。

人ってなんでも忘れちゃうよね、夏。
忘れてしまうから記憶を外部化するんだよ、夏。
人のつくるものはすべてが外部記憶なんだよ、夏。
外部記憶があっても物事が過ぎ去ることは変わらねえよ、夏。
どこかで物事が終わることを求めてさえいるんだよ、夏。
経験が終わらなかったら不安だし、だらだらと続くことは怖えよ、夏。
経験をくくることで振り返ったり見つめたりできるようになるんだよ、夏。

という感じですかね、夏。(衣替えもしたのにまだ夏の気分でいる。)

さて、経験を外部化して “くくる” ということをわたしたちは日常的に行っています。人に話すことでくくることもあれば、日記に書いたり、ツイートしたり、写真を撮ってInstagramに投稿したり、歌にして録音したら “15分くらいのバラード” になったり(奥田民生)、くくる方法はいくらでもあります。経験の質によって方法を選ぶこともあれば、ひとつの方法を選択し続けることもあるでしょう。
この話をはじめたときには、人は忘れないために、あるいは忘れてもいいように経験を外部化するのだと考えました。しかし、忘れる/忘れないというのは意思の外にあります。忘却をコントロールすることはできないし、思い出すことさえ意のままではない。思い出そうとしても思い出せないこと。思い出したくないのに思い出してしまうこと。記憶の再生はなにがトリガーになるかわからない。プルーストのマドレーヌのように香りがトリガーになることもある。”何を見ても何かを思いだす”(ヘミングウェイ)のです。
記憶については意思の力が完全に及ぶことはない。自己効力感が低い状態で自らの意思を行使し続けるのはハードモードですよね。シーシュポスの糠に釘。シーシュポスの暖簾に腕押し。そんなに長くは続かない。となると、忘れないためになにというのは記憶を外部化するための積極的な理由づけにはならないのかも知れません。ではなぜ記憶を外部化するのか。経験にピリオドを打ち、経験をくくるためです。
経験は放っておくとだらだらと続きます。終わらない日常、生活の澱、ただ生きていること。”何にもしないで生きていらんねぇ” とECDは言いました。ただ生きていることに対する漠然とした軽やかな恐れ。そんなだらだらと続く経験と、どう向き合うのか。一方では、繰り返しの最中で繰り返しの構造自体から遊離していく。つまり日常の感覚に沈潜することで、そこから抜け出ていくというやり口があります。無限に繰り返す無為な生存。日常性は繰り返しの構造として認識されます。繰り返しの中で変化の契機を探るというタイムリープもの、ループものの物語構造は日常の感覚から生まれたものだとも言えるでしょう。反復の中で漸次的に変化していくという意味では、ファンクやミニマルミュージックも想起されます。
他方では、経験を切断するというやり口があります。これが経験をくくる話です。経験はくくらなければ過去にもなりません。ずっと開いたまま現在進行形。あなたはあなた自身が今まさに飲み込まれている経験について評価も比較も操作もできない。終わらない経験に意志の力でピリオドを打つこと。フラットで茫漠とした日常性の平面に、経験を結晶化させたモニュメントを打ち立てること。確かに、経験をくくることはできます。でもくくったからといってその経験が終わることはない。9月も中旬を過ぎる頃になっても、今日のような少し日差しの強い日には、終わったはずの夏がぶり返す。
そこである意味では本が救いになるんじゃないかなとぼんやり思っています。本ってなんでしょう?本は冊子体です。綴じられたもの。綴じられていることからくる有限性。有限であることによって、世界の中で世界が結晶化したものとしての全体性をも含み持っています。終わらない経験にピリオドを打つもの。眠れない夜にぐるぐると “回り続ける君の可愛い考え”(七尾旅人)を固着させたもの。記憶を外部化することの意味は、外部化された記憶ではなく、経験を区切って整えるという外部化のプロセスそれ自体にあります。文章を書くこと、またそれを編んで本にすることは記憶の外部化のメソッドに広く共通する要素が詰まっています。目の前にある一冊の本は記憶の外部化のリアルな記録であり、それを読み解くことはあなたが記憶を外部化し、経験をくくるためのレッスンです。経験のとりとめのなさに怖くなったら、本に触れてみてください。

記憶をくくって、次の夜へ。

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