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「くる話」#2 都市を歩きまくる話

2018.10.1

有地 和毅

土曜日の夜はひとり雨の渋谷で都市空間を歩き回っていた。
どこへ行くのでもなく歩き回る。
散歩でも街歩きでもない。
建造物は名前や性質を剥ぎ取られ、
空間を形作る巨大なブロックになる。
わたしの移動を規定する巨大なブロックの配置を確かめるように歩く。
街をスキャンする感覚。
遊歩する身体をスキャナーにして。
歩道橋があれば階段を上って渡る。狭い道を見つけたら入る。
閉じた場所、開けた場所、高い場所、低い場所。
ブロックの配置によって形作られた空間を身体化していく。

空間に歴史のレイヤーを重ねることによって、街は見やすくなる。土地に点在する史跡を辿ったり、縄文地図をもって街を散策する中沢新一『アースダイバー』(講談社)の視点だ。空間を歴史化することによって、街歩きは成立する。また都市空間は都市計画や建築をめぐる法規や条例など様々な意図が絡み合い物質的に構成されたものである。それらを起点に意図の張り巡らされた空間を見ることもできる。どちらも歴史や法規といった物語のレイヤーを重ねることで街を読み解く。物語を介して都市空間に接近するのである。
一方で、エドワード・W・ソジャ『ポストモダン地理学』(青土社)では空間の学としての地理学が歴史学と対置されていた。そこで試みられていたのはマルクス主義的な資本主義批判の視線を空間に向けるという試みだった。それとは少し異なるが歴史と空間を対置させたときに、空間を覆う歴史/物語(hi/story)のレイヤーを剥ぎ取って空間自体を深く読み込むということも可能であるはずだ。つまり、ハイなストーリーからロウなストリートへ。
ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』(岩波書店)では都市のイメージを5つのエレメントに分けている。パス(道)、エッジ(境界)、ディストリクト(地域)、ノード(パスの交点)、ランドマーク(目印)。都市はこれらの要素によって構成されたものとして見ることができる。都市空間の物質的特性とそれが与えるイメージを見るリンチの手法は、物語を剥ぎ取った都市空間に近い。
こう問うこともできるだろう。物語を剥ぎ取った都市空間は、都市空間の現状を追認しているに過ぎないのではないか?しかし、都市空間の脱物語的な活用の果てに、新たな都市空間を出現させるやり口をわたしたちは知っている。スケートボーディングだ。ビルの前の整備された平坦な路面、手すりや階段、段差。歩行者にはなんでもない都市の構成要素がスケートボーダーにとっては刺激的なフィールドになる。
イアン・ボーデン『スケートボーディング、空間、都市』(新曜社)ではアンリ・ルフェーブルが参照されている。上述したソジャも『第三空間』(青土社)においてルフェーブル『空間の生産』(青木書店)の思考を発展させて、空間を生きているものの視点から実践的な空間批判を展開している。ルフェーブル『都市への権利』(筑摩書房)では、都市が資本家や技術者のものではなく、利用者のためのものであると言う。
都市空間を意図されなかった方法で使うこと。そのレッスンとして都市空間の身体化、つまり身体による都市空間の批評、脱物語的なフラヌールによる都市空間のスキャニングがある。

などということを考えながら都市空間を舞台にしたマンガを選書しているYOURS BOOK STOREブックディレクターの有地和毅です。でした!選書した空間はもう少しでお見せできます。それまではあなたがふらっと降りた駅前から都市空間のスキャニング、脱物語的な遊歩をためしてみてください。都市のけもの道がきっと見つかりますよ。

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