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「箱根本箱」開業日誌0306

2018.3.6

染谷 拓郎

その画家のアトリエは住宅街のなか、少し高台になった場所にある。
駅からバスを乗り継いで向かう。天気はとてもいい、梅が咲いている。

8年前、その画家の大回顧展を見に行くために大阪に行った。初めての大阪。
季節は真夏で、アスファルトの照り返しが暑く、Tシャツがべったりと肌にまとわりつくほど汗をかいていた。

彼の作品を初期から展示する構成で、キャリアの中盤までのイラストレーター、グラフィックデザイナー時代と、その後の画家時代の作品を順に見ていくが、これだけの作品が一同に介することはあまりなく圧倒される。

展示が進むにつれ、だんだん身体が冷えていくのが分かる。
それが美術館の強い冷房によるものなのか、作品から受け取るパワーによるものなのか分からないが、とにかく展示が終わる頃にはもうへとへとになっていた。

その後も東京で個展が開かれるときにはなるべく足を運んできたが、僕はとりわけY字路シリーズとコラージュが好きで、それらを観るとワクワクしてしまう。無駄にポストカードを買ってしまう。

 

そして今日、箱根本箱の企画でこの人に会うことになった。
石原さんと二人、ドキドキしながらアトリエの前に立つ。

天井の高い長方形のスペース、床のフローリングには油絵具の跡がそこかしこについている。
描きかけの作品がイーゼルにいくつか並んでいる。猫がモチーフの絵がたくさんある。ああ、いいな、素敵だな。

少し猫背気味の姿勢とくるりとした目。声は思ったより少し高かった。
丁寧に話を聞いてくれ、目を合わせて話をする。冗談と比喩が会話のなかにちりばめられている。

箱根の話を通じて、本のことや文化のことを話してくれた。逆張りすること、常識を疑うこと、勇気を持つこと。話してくれる言葉が軽くない。どこかから持ってきたようなお仕着せのコンセプトじゃないから、言葉が浮つかないのだ。

途中、話を聴きながらちょっとだけ泣きそうになる。あぶない、と思って少し目を伏せる。この瞬間を忘れたくないなと思う。最後には企画に参加していただけることも決定した。ああよかった、うれしい。

アトリエを出て、石原さんと興奮気味に駅まで歩く。
「どこまででも歩けそうだね!」「いやぁホントです!」

 

昼食を挟んで、箱根に移動する。海法設計や施工会社と打合せをし、現状の現場進捗を確認していく。現場は前に進んでいて、もう後戻りも出来ない。今日でやることがまた明確になった。ようし、やるしかない。

小田原でレンタカーを返却し、新幹線の待合室で一人になる。
もうぐったりだった。あのへとへとを8年越しに感じた。

 

その画家のアトリエは住宅街のなか、少し高台になった場所にある。
「どこまででも歩けそうだね!」「いやぁホントです!」

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